阿弖流為たちのきっかけ。号泣する真綱を見よ【風の陣】

  • 書名:風の陣
  • 著者:高橋克彦
  • 出版社:PHP文芸文庫
  • 発売日:2001/7/16
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はっきりいって読み進めるのが辛かった。でも、最後まで読んで良かった。
個人的になんだか鬱屈したものを抱えた中での読書になってしまったけれど、読んでよかったなぁって思える本に出会えて良かった。

全5巻。物語は奈良時代。高橋克彦さんの本では「火怨」の前時代に当たるお話。
「火怨」の主人公阿弖流為(アテルイ)や坂上田村麿たちの親世代のお話となる。
主人公の伊治鮮麻呂、道嶋(牡鹿)嶋足、物部天鈴たちが都と陸奥を舞台にもがき回る。

1〜4巻まで

【立志篇】【大望篇】【天命篇】【風雲篇】の4冊。
4巻【風雲篇】までの舞台は都。
奈良の都の政治の権力闘争の舞台裏で、蝦夷である嶋足と貿易と金山によって大きな陸奥に影響力を持つ天鈴が蝦夷にとってより良い中央(ヤマト)朝廷にすべく、暗躍する。
橘奈良麻呂の乱、恵美押勝の乱、そして道鏡と日本史の教科書にも出てくるような大物たちの裏に二人がいる。
「炎立つ」や「火怨」のイメージで陸奥を舞台とした蝦夷の物語を期待するとちょっとイメージと違うと思う。

誰をてっぺんにしても同じことの繰り返し。
局地的にうまくいってもまた同じことが繰り返され、嶋足たちの目線で物語を追いかけていくとだんだん苦しくなってくる。そんな中でも和気清麻呂は好きなキャラクターだった。
吉備真備もかっこいいけれど、高齢のため活躍シーンが少ないのが残念。
坂上田村麻呂の父である苅田麻呂は嶋足のよき理解者、協力者として登場する。

この時代を扱った本としては、中央の大学寮を舞台とした澤田瞳子さんの「孤鷹の天」もおもしろかったので、読み比べるのもいいと思う。

孤鷹の天を読んだ時の記事はこちら
たくさんの対立構造が交差する【孤鷹の天】
こんな学友がいいですね。古代から奈良そして蝦夷へ【孤鷹の天】

孤鷹の天 上 (徳間文庫)

5巻

【裂心篇】。最終巻のタイトルがもはや悲劇的。
打って変わって、陸奥が舞台。「火怨」とつながる舞台設定になり、主人公は鮮麻呂になる。
鮮麻呂の伊治の地が朝廷側と蝦夷の最前線に近いため、より大きな戦を防ぐために妥協に妥協を重ね、耐えに耐える近隣の蝦夷。
陸奥の国府多賀城に官人として仕え、同族には朝廷に尻尾をふる裏切り者と思われ、朝廷側からは蝦夷は蝦夷として扱われない鮮麻呂。
そんな鮮麻呂が100年の覚悟を決め、「陸奥按察使」紀広純を手にかける宝亀の乱と呼ばれる朝廷と蝦夷の全面戦争の引き金となった乱がいかにして起こったか。
その中でも2つのシーンが印象深い。

一つ目は、鮮麻呂と同じ官人である陸奥介大伴真綱が、広純の命で鮮麻呂とともに蝦夷が不正に隠したという備蓄を摘発しにいき、その隠されたものが欠けた器など貧相な蓄えであったのをみて見て泣くシーン。
蝦夷の望みは、人が人として当たり前の生活をしたい、人として当たり前の扱いをされたいというもの。
誰かを支配したいとか、人より恵まれた生活がしたいとか、そういうことではない。ましてや、広純やそれに与する嶋足の弟大楯のような権力志向もなければ、富貴への思いもない。
そのような思いを抱きながら、朝廷側の要求に耐え続けてきた蝦夷のささやかな、そして貧相な蓄えをみて号泣する真綱。朝廷側の人間である自分自身と、目の前の状況に対し無力であることへの悲嘆、さまざまな思いを、誰かのために泣くことができる真綱は良い男ではないか。

二つ目は胆沢の阿久斗と阿弖流為に多久麻が鮮麻呂に仕えてきた誇りを語るシーン。
主人公鮮麻呂が代弁される思いは物語を通じて語られるが、その鮮麻呂に仕え付いていくことのしんどさったらなかったんじゃないか。
同族にさえ裏切り者と呼ばれ、それでも主人の我慢を自らの我慢として、そしてその思いが報われることはなく。
その思いを初めて表現することができ、それが阿久斗に伝わった晴れやかさ、誇らしさ。
その決断は決して明るい未来を予想させるものでもないのに関わらず、その思いを正面から受け止めた阿久斗にも度量の大きさを感じる。

自分の思いだけならと我慢を続け、それでもなお帝の勅の中で獣と蔑まれ、決定づけられた蝦夷。
人ではないのはどちらか。獣には言葉は通じまい。
陸奥に吹く風となることを決意した鮮麻呂。

やはり高橋克彦さんの本は、東北人が東北人の目線で東北のことを書いたおもしろさがある。
(もちろん中央からみたこの時代もおもしろい)
近すぎては姿形はわかるまい。
遠くては何が起こっているかわかるまい。
真綱は陸奥にきて何を見たのか。遠く都で暮らす嶋足を鮮麻呂がどのように感じ、その思いがどのように変化するのか。
鮮麻呂が起こした風が今も東北に吹いていると信じたい。

高橋克彦さんの他の本、「炎立つ」「火怨」や九戸政実の乱を描いた「天を衝く」を読んだ時の記事はこちらからどうぞ。

参考サイト

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