江戸時代の江戸っ子エッセイスト只野真葛【葛の葉抄 只野真葛ものがたり】

  • 書名:葛の葉抄 只野真葛ものがたり
  • 著者:永井路子
  • 出版社:文春文庫
  • 発売日:2016/8/4
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江戸時代を生きた女流文学者只野真葛の物語。
伊達藩の藩医として世に聞こえた工藤平助の7人兄弟の長女として裕福な環境に生まれ、肉親の死や伊達家への奥勤め、離婚と再婚を経て夫と死別した只野真葛の一生と、なぜ文学者、エッセイストとして確立されたかを描いた一遍。
只野真葛の思想が、どのような体験に基づき、それがどのように世間では受け止められるものであったのかを、当時の価値観と世情を背景に描かれている。

真葛の生きた時代

真葛が生きた時代はどういった時代だったのか。
1763年(宝暦13年)生まれということは江戸時代は10代将軍家治の時代。
8代将軍吉宗の緊縮政策から田沼意次の重商主義へかわり、経済の力の復興と庶民の経済力があがり、武士階級の経済がどんどん圧迫されていった時代である。
父平助は蘭学にも造形があり、蘭学が前野良沢と杉田玄白がターヘル・アナトミアを翻訳し解体新書を観光したのが1774年だから、日本において蘭学が隆盛を極めようとしている時期だろうか。

裕福な父の元に生まれた真葛は好奇心の固まりであり、頭の回転が早く、父母やその他の家族との関係も良好である。
藩医として、学者として著名であった父平助のもとには修行にくる住み込みの医学生がおり、また訪れる人間は身分の高い人間たちを始めたくさんいた。

これは工藤平助という名声と医者という立場が、伊達藩にとっての江戸における他藩との外交官として都合が良く、またそれに応えるだけの人格と才があったからだと本書で述べられている。
また平助は老中田沼意次とも繋がりがあり、これが工藤家の富裕と名声にも繋がっている。
平助はその頃日本に進出のあったロシアに興味を持ちロシアとの外交を考え、そのため蝦夷(北海道)というところに目を付けている。

真葛を襲う悲劇

弟は若死にし、奉公にあがっては肉親の死に目に会えず、田沼意次の失脚によって工藤家は貧窮し、一度目の結婚は相手が老人だったこともありあっという間に離縁され、頼みの末弟も若くしてなくなり、工藤家の家名は親戚の家から養子を迎えかろうじて存続。ようやく手にした幸せな結婚生活も、短い時間で夫に先立たれる。

泣きぼくろ

この本の中の真葛には泣きぼくろがあったという。
泣きぼくろがある女性は幸せな結婚ができないとか、そういう迷信を女中のおせんに言われ、結構気にしている真葛。
この泣きぼくろは本書の中で、襲いかかる悲劇に対する真葛の逃げ場所だった側面がある。
なにか悪いことがあると、泣きぼくろがあるせいなのじゃないか、と。

二度目の結婚で初めて結婚して相手を信頼できることの幸せを知る真葛は、夫のお国元仙台で暮らし、それまで暮らした江戸とみちのくとの違いに驚き、そのことを楽しいと感じる。
そしてそのことを書き記すようになり、それを見た夫からもっと書くように励まされ、真葛の中にあった鬱屈や嫌なことは泣きぼくろの所為から、書くことによって昇華されるようになる。

エッセイスト只野真葛

真葛にとっては、書くことが目的であり、その中で自分の意思を表現することができるものだった。
只野真葛はエッセイストとして江戸時代の清少納言と比されることもある。
その中で述べることは日頃の日常から、みちのくの風土、経世済民のことにまでひろがり、真葛なりの観察眼と舌鋒するどい批評が加えられる。
その価値観は当時の儒教的な封建制度の中では異端であり、世評には受け入れられにくいものだった。
本書の中では真葛の書いたものに対して割かれた分量は大きくない。書くことにいたるまでの、真葛の身に起こった事柄とその心情の変化に重点が置かれている。(書き初めが生涯の中の遅い時期だったからという面もあるか)

男尊女卑的な儒教的観念とそれに抑圧される女性像が現代まで通ずるものとして作者は言う。
田沼意次の重商主義の行き過ぎによって生じた賄賂政治などとともに、現在にまで残る弊害として、解放されざる女性像に対しての考察があるように感じた。

その中で、多少の悪い事柄を笑い飛ばしてしまう江戸っ子らしい伸びやかさ書くことを続けたエッセイストとしての真葛の観察眼と批評は、当時だけでなく現代においても同じ問題を投げかけるものかもしれない。

自分の子どもに秋の七草にちなんだ名前をつける、工藤平助という人も洒落のきいたひとだな、と思う。

清少納言について書かれた「はなとゆめ」を読んだ時の感想はこちら
清少納言は宮中の「華」中宮定子を語る【はなとゆめ】

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