ある天才建築家の物語【シナン】
- 書名:シナン
- 出版社:中公文庫
- 発売日:2007/11
夢枕獏さんの描くオスマン帝国の天才建築家シナンを描いた上下巻。
読み始めは多くの読者が知らないだろうイスラム世界の説明が多いのと、人名地名に馴染みがないのでちょっと読み進むスピードが出なかったが、物語が始まるにつれそのスピードは増し、一気に読みきってしまった。
オスマン帝国、イスラムの世界っていうには今まであまり読んだことがなくて、全く未知の世界。
強いて言えばアルスラーン戦記が近いのかもしれないけど、向こうはペルシャが世界観の元だと思うから、またちょっと違うよな。
これまで密教の世界や平安時代など、いろいろな世界・時代を旅されてきた夢枕さんが、イスラム世界をどのような世界観・宗教観で描かれるかも見所の一つ。
呪術も密も亡霊の類も一切出て来ない。歴史に基づいた小説。
そしてその世界の中で天才建築家シナンの幼少期から、その代表作品となるセリミエジャーミーを作るまでが描かれた作品となっている。
シナンの世界
舞台は15世紀から16世紀にかけてのトルコ。ヨーロッパではルネサンスの嵐が吹き荒れる頃。オスマン帝国の首都はイスタンブール。
外交的にはヨーロッパのキリスト教各国、エジプト、そして東方のペルシャに囲まれている。
イスタンブール、もとのコンスタンティノープル始めキリスト教徒の多く住む地域を支配するようになったオスマントルコは比較的宗教には寛容であり、必ず改宗させられるわけではない。
主人公シナンもキリスト教徒の職人のもとに生まれ、キリスト教の神を信仰することに疑念を持ったことがない。
幼い頃から考えること(哲学的あるいは神学的な思想)が多かったシナンは、教会の神父に神とは何かを尋ねる。
ここで一つ考えなくてはいけないのは、イスラム教においてはユダヤ教もキリスト教もイスラム教も神は同一でありその教えを伝えた預言者によって宗教が違い、預言者ムハンマドの伝えたイスラム教が正しく神を伝えているという宗教観であるということだ。
シナンに神とはどのようなものかを伝えた神父は、シナンに聖ソフィアを見れば神を感じることができるという。
デヴシルメというキリスト教徒に対する徴兵制度によって、キリスト教からイスラム教へ改宗したシナンはイェニチェリとなる。
デヴシルメによって連れられてきたキリスト教の若者たちが改宗に対し深い思いを持つ中、シナンはすんなりと改宗を受け入れる。
シナンにとって神とはキリスト教イスラム教関係なく同一の神であり、その呼び名や信仰方法が変わることによって、その同一の神が変わるわけではないと思っていたからだ。
この一神教の考え方は、特定の宗教をもたない日本人にとってはなかなか理解することや感じることが難しい命題だと思う。
多神教、八百万の神、輸入された宗教の混交の多い日本では、ただ一つの神がどのようなものである、どのように体現されるのか、ある一つの正解を求めなければならないというのはなかなか難しい。
シナンを取り巻く環境
イェニチェリとなったシナンは念願の聖ソフィアへ向かう。
そこで不完全な神の存在を感じたシナンは、聖ソフィアでのちの壮麗帝スレイマンとその忠実な部下イブラヒムに出会う。
この邂逅と完全なる神を不完全に感じさせる聖ソフィアで感じたことがシナンの生涯における、聖ソフィアを超えるものを作ることができるのかという命題を決定づける。
スレイマンの即位とイブラヒムの抜擢。スレイマンの寵妃ロクセラーナの野望。
同期のイェニチェリ親友ハサンやコーヒーの香り。
ヴェネツィアで出会った異教徒の建築家ミケランジェロ。
シナンを取り巻く人々の権謀術数と建築と神への研究と想い。
イブラヒムやハサンの宗教観。
目まぐるしく変わる環境の中で、人々は秘密を抱えたまま老い死んでいく。
シナンは聖ソフィアを超えるジャーミーを作ることができるのか、果たして神を捕まえることができるのか。
印象的な言葉と数学
「仕事をしなさい」
これはヴェネツィアで会ったミケランジェロがシナンに繰り返しいう言葉だ。
建築家として彫刻家として名声を獲得し、それでもまだ旅の途中であるというミケランジェロ。
ミケランジェロはシナンの問いかけに繰り返し「仕事をしなさい」 と答える。
仕事をし続けることの中にこそ答えがあると。
シナンは完全なる神が現れる場所としてのジャーミーに必要なもの、不必要なものに辿り着くが、それを実現することが自分にできるのか、その方法とはなんなのかを探し求める。
スレイマンの首席建築家として驚くほどたくさんの数の建築をしたシナン。
そんなシナンは言う。神を表現するには誌ではなく人ではなく、数学であり幾何学である、と。
古代ギリシャから続くヨーロッパでの数学は哲学・神学の分野でも大きな影響を与える。デカルト、ガリレオなど挙げればたくさんの人物を挙げられるだろう。
その伝統的な学問と物理学と神学とを高次に建築物という形で実現した天才がシナンであるとも言えるだろう。
実験と調査と考察を繰り返す姿は、職人肌の建築家という側面のみならず、現代に通じる科学者の姿であると思う。
蛇足
「ロードスという名の島がある」
この書き出しで始まる小説をご存知だろうか?これは水野良さんのロードス島戦記であり、同じ名前の島がヨーロッパにあることを知った時に妙に嬉しかったことを思い出した。
作中の表記はロドス島であり、スレイマンがヨーロッパの玄関口として抑えるべく遠征した島である。
ロードス島戦記は中学生の時にいとこの影響で読んですごく面白かったんだよな。
ファンタジー系の読み始めだったと思う。
実写かアニメか
エディルネの丘一面に赤いチューリップが咲き、頂上には泉が湧いている。
椅子に腰掛けた老人が二人コーヒーを飲んでいる。
このイメージを大きな画面でみたらかっこいいだろうなぁ。
モスクは旅人ブログの中でしか見たことがない。トルコの気候も空や海のイメージはわからない。
ただ、このシーンのイメージはパッと浮かんだ。
親友の愛した女性と自分の最大の仕事。
エディルネはイスタンブールの前のオスマンの首都。
あとがきにあるように、この本をガイドブックにトルコ旅行するのも素敵かもしれない。
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