元を立てたのはチンギスハンじゃなくてこの人【覇帝フビライ 世界支配の野望】

  • 書名:覇帝フビライ 世界支配の野望
  • 著者:小前亮
  • 出版社:講談社文庫
  • 発売日:2015/8/12
Amazonで見る

元の世祖フビライの小説。
元朝以前のモンゴル帝国の初代、太祖チンギス・ハンから数えると5代目の皇帝。
モンゴルといえばチンギス・ハン。
元といえば元寇。フビライはその時の皇帝。
なんだかこの辺りはメジャーだが、じゃあフビライという人が何をした人かよくわかっていない。
そんな疑問を氷解させてくてる1冊だ。

小説の舞台

物語はフビライの兄モンケが大ハーンの頃から始まる。モンケによって大理国の討伐の総司令に任命されたフビライ。
ウリヤンハタイを副司令として、フビライは不殺の旗をかかげ行軍する。
この時フビライは30代後半だ。

まず情勢として、このころの中国はまだ統一されていない。
モンゴルは金を抑え北方を占めたが、南の長江以南には南宋が健在だ。
フビライは大ハーンモンケの弟であり、立太弟されているわけではない。
弟のフレグは西方へ遠征に行っている。
一番下の弟アリクブケがおり、末子相続の習慣のあるモンゴルでは、彼がモンケの後を継ぐ可能性も高い。
人材収集に熱心なフビライの元には、優秀な多国籍なブレーンが揃っている。

フビライが南宋を滅ぼし中国を統一し、数々の内乱を征して大元ウルスを作っていく様子が描かれる。

フビライという人物

では本書でのフビライはどのような人物か?
端的にいえば非常に合理的で、慎重派だ。
物事を起こすまでにはできる準備をすべて行い、決断する時は決断する。
合理的であることは、他者に対しても同様であり、極端に評価主義的なところがある。
またフビライの目標は「征服」ではなく「支配」であることから征服後の統治まで見越した策を立てる。

フビライの築きあげた元という国は商業が発達し国際色豊かであり、多国籍な人材が登用される。
多国籍な国であり主教に関しても寛容である。
フビライは国を大きくする上で必要な要素として軍事力・人材・資金の3点あげている。
フビライの合理性は人材の活用面でも発揮される。
儒教的は君臣観のあったであろう漢族ではできなかったような登用ができる。
適所適材はもちろんのこと、長所や才能があれば多少の短所は目をつぶる方針であり、メリットがデメリットを上回るうちは人材を活用し続ける。
これによる失敗例が元の財務行政を担ったアフマドの失脚だろう。
また、このような合理性が評価主義へとつながり、家臣として仕える方としては仕えやすい主君であったかどうか。
自分の能力に絶大な自信をもてる人間ばかりとは限るまい。

しかしそれでもフビライの元へ人材が集まったのは、フビライに人誑しとしての才能があったからだろう。
敵将であっても優秀であれば幕下に加えようとする。
彼の人材収集癖は曹操もかくやと思わせる。
フビライのそれがやや陰性に感じられるのは、人材に対し顔を使い分けるからだろう。
「相手の見たい顔を見せる」ことができるのがフビライの特徴である。

登場人物たち

本書の中にはたくさんの登場人物が登場するが、状況や出来事の描写の方が配分が大きく、特定の人物にフォーカスされるところはそれほど多くない。
その中でも印象的だった人物を考えてみる。

廉希憲

ウイグル族である廉希憲は優秀な人材の集まったフビライ陣営の中で、意見の調整役でありあるテーマが提示された時にあえてそのアンチテーゼを言うようなところがある。
逆にその器用さが仇となり、自分の意見をあまり口にしないという点が短所としてあげられている。
同じフビライ陣営の中でもライバル心があることを明確に表明しており、後述のヤズディーとのやりとりの中では常識人の代表のような立場となっている。
ヤズディーをフビライに推挙した点がもしかすると本書中一番の役割であるかもしれないが、個人的には地方官として赴いた先で地方行政に目覚め、民に尊敬されたエピソードが印象深い。

ヤズディー

ヤズディーという人物が実在の人物なのか、創作された人物なのかはわからない。
ただし彼がフビライの考え方や、物語の要所で登場し話が進むことは間違いない。
生まれ育ちがはっきりせず、行商人たちから廉希憲に拾われたヤズディーは世間の感情と大きくずれている。
常識がないといえばそれまでだが、彼の場合は家族間の愛情や仲間同志の絆や人間関係の機微にあまり触れてこなかったために、そういった部分を自分の感情としてもつことが欠落している。また、鑑定士としての目利きには天賦の才があり、人物に対する評価も鑑定品を見るのと同じ視線で語られる。
それゆえにヤズディーは、フビライにとって話相手、ヤズディーの評価が一つの指標となるような不思議な立場になっている。
彼自身の欲求は栄達でも富貴でもなく、ただ良い品を見たいという思いだ。
それゆえに彼は2度失敗した日本への出兵後、日本の品を見るために日本行きを希望する。

アジュ

アジュという人物がなかなかにいい味を出していて、本書の登場人物中一番のお気に入りだ。
ウリヤンハタイの子であり、大理戦や襄樊の戦いなどで兵を率いている。
偽悪的なところもあり、他の民族に対する垣根もない。部下に対しても言わせたいことを言わせておくし、なんだか田中芳樹さんの銀河英雄伝説の中に出てきそうなキャラクターなのだ。
外征、内乱の鎮圧、姦臣の横行と世の中のあまり綺麗ではない部分も多く出ざるを得ないこの物語の中で、妙に明るいキャラクターとして存在感があった。
老年のフビライが東方三王国の反乱に、白象にのって突撃するシーンと合わせ、本書の中でも明るい風が吹いている。

あとがきに田中芳樹さん

田中芳樹さんの名前が出たが、本書のあとがきは田中芳樹さん。
これもまた贅沢な人選である。田中芳樹さんといえば銀河英雄伝説等のシリーズの他にも、中国史系の本が今ほど多くなかった時期に隋唐演技や岳飛伝を著している。

また蘭陵王や花木蘭を主人公とした小説もあり、こちらもおすすめ。

モンゴルを描いた作品としては陳舜臣さんの「耶律楚材」も挙げておこう。
チンギスハーンよりも先に、モンゴルに触れた最初の作品が耶律楚材だったから。


耶律楚材〈上〉草原の夢 (集英社文庫)

広告
広告

この投稿へのコメント

コメントはありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

この投稿へのトラックバック

トラックバックはありません。

トラックバック URL