雷神様は怨霊か?ちょっと道真公を身近に感じる【泣くな道真 大宰府の詩】

  • 書名:泣くな道真 大宰府の詩
  • 著者:澤田瞳子
  • 出版社:集英社文庫
  • 発売日:2014/6/25
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「学問の神様」「雷神様」「悲劇の平安貴族」「日本屈指の怨霊」・・・
たくさんの二つ名をもつ菅原道真が左遷された太宰府でのお話。
澤田瞳子さんの本は前回「満つる月の如し仏師・定朝」を読んでおもしろかったので続けて購入。

「満つる月の如し仏師・定朝」を読んだ時の記事はこちら
末法の時代に仏はどこにいるのか【満つる月の如し 仏師・定朝】

「満つる月の如し仏師・定朝」では藤原道長の終わり頃のお話だったから、こちらはもっと前の話になる。
あちらでは荒廃する京と貴族政治の乖離を舞台にされていたが、その中で天才仏師定朝が仏の姿を追い求める姿がシリアスに描かれていた。
それに比べるとこちらの「泣くな道真 大宰府の詩」の方が全体的な雰囲気としては柔らかい、というかゆるい感じ。
いきなり澤田瞳子さんの幅の広さに驚いた。
この雰囲気を醸し出しているのは道真のキャラクターもさることながら、冒頭から登場する自分の出世を諦めできの良い息子に期待を寄せる恐妻家、うたたね殿保積と太宰府の大弐(葛絃)の姪っ子、京でも浮名をながした押しかけの恬子の影響が大きいのではないだろうか。

あらすじ

太宰府に左遷された道真は、陥れられた藤原時平の手で暗殺されるかもしれないと半狂乱。
太宰府が用意した屋敷に閉じこもり、恨み節を述べている。
このままでは太宰府(大弐)が道真に対し悪い扱いをしているように京に受け取られてしかねない。
そこで何かの勘違いからか、保積に道真の世話係が任される。
いきなり道真にものを投げつけられ、せっかく持って行った価値ある書物は墨まみれ。
そんなスタートだ。

同じ京から流れてきた(都落ちしてきた)境遇に響くものがあるのではないかと屋敷を訪れる恬子は、道中で博多津の唐物商の隠居につかまり、強引に唐渡りの墨を渡される。そんな押し問答の間に、道真の子供が迷子になっているのを保護してしまう。
相変わらず引き篭もりの道真は、恬子の持っている墨をみてそれが価値の高いものを見抜く。
そんな道真を恬子は博多津へ連れ出し、そこで道真は貿易商の目利きになってしまう。
もともと政治家兼文人学者(儒者)であり、唐のものに関してはとても詳しい道真の面目躍如。
これによって道真は引き篭もり生活を脱し、太宰府での生活に馴染んでいく。

そんな生活が始まった最中、太宰府では横領事件が発覚。
道真は買い付けに向かった荒寺で死にいく老人と、それを看取る僧と出会う。
その僧に自分が昔受領として讃岐をめぐった経験を詠んだ唄を、貴族は下々の生活など何もわかっていないからこんな唄が詠めると言われ、衝撃を受ける。

末法の平安

登場人物のキャラクターとユーモアがあって、全体的な雰囲気は明るく進む。
表紙も可愛らしい感じでほんわかです。
最後の葛絃切り返しに爽快感があって、良い気分で読み終われた。
しかし「満つる月の如し仏師・定朝」でも描かれた貴族社会と一般大衆の生活の違い、末法感は本作でも描かれる。
これは平安時代という時代がそういう時代であったということかな。
道真も価値の高いものは価値のわかる人のもとにあるべきだという定朝にでてくる隆範と同じ考えを持つが、目の前で亡くなった老人と批判された自分の詩に違う価値観を見つける。「満つる月の如し仏師・定朝」が平安時代の京を舞台にしたのに対し、本書「泣くな道真 大宰府の詩」では地方の中でも特殊な環境にあった太宰府を舞台にしており、中央から離れたときに地方からみる中央という視点が、またちょっとあまり見たことがなくて新鮮だった。

怨霊とは受ける側のもの?

例えば夢枕獏さんの陰陽師では怨霊は実在するものとして扱われる。
怨霊ではないけど、京極夏彦さんの本では幽霊その他はある一種の説明体系として使われる。
道真は死後怨霊となったのか?
この本の道真は偏屈じいちゃんにはなりそうだけど、怨霊にはならないような気がする。
怨霊になるほど、自分を左遷させた藤原時平一派をそこまで恨まないような気がする。
太宰府の中で自分の居場所を見つけてしまったように思うから。

とすると、怨霊になるのは道真本体(?)ではなくて、時平一派の中の道真像っていうことになるだろうか。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ではないけれど、見た側の問題で。
でも伝説クラスの怨霊だから枯れ尾花程度ではすまないかなぁ。

三国志の関羽が死んだ後、呂蒙の前に化けて出たり、曹操を呪い殺してみたりなんて言われたりもするけど(三国志演義)、関羽が怨霊になったっていう話は聞かないものなぁ。普浄の説得で成仏したっていう話もあるみたいだけど、こちらは怨霊一歩手前って感じだし。
そうすると道真を怨霊にまでしてしまうのは日本人の国民性なのかしら。
怨霊にしておきながら学問の神様もやっていて、なかなか道真公も忙しい。

でもWikipedia見てたら、やたら河童系との絡みもあるみたいだから、なんだか妖怪とか陰陽師とかそっちよりの世界の人なのかぁ。

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