この国ができあがる日に【日輪の賦】
- 書名:日輪の賦
- 出版社:幻冬舎時代小説文庫
- 発売日:2016/6/10
時代はちょっと馴染みの少ない飛鳥時代。
物語は持統天皇(讚良)が大宝律令(公布は文武天皇)を完成させるまでのお話となる。
主人公、物語の語り部となるのは紀伊の豪族の次男阿古志連廣手。
廣手は亡き兄八束と同様大舎人となるため上京する。
その道中盗賊に襲われたところを黒衣の宮人(女性官人)忍裳と舎人人麻呂に助けられる。
宮中の官人たちは位階によって服装(色など)があるはずだが、どこにも当てはまらない黒衣の忍裳は讚良の直属の腹心(私臣)であった。
葛野王の舎人として百済からの亡命者や不遇をかこつ藤原不比等、良民の最下層に位置する鋳物師などの登場人物たちに囲まれ廣手が見る日本の国のあり方の変革とそれに立ち向かう大王(おおきみ)讚良の姿が描かれる。
物語には柿本人麻呂、山上憶良といいった有名歌人も登場する。
様々な視点
物語は大王讚良と葛野王家の新人大舎人阿古志連廣手の二人を中心に描かれる。身分上国の一番上にたつ大王と中央の官人としては最下級の廣手の視点によって、上下の視点から状況を眺めることになる。
また、女性の大王讚良だからこそ感じる、大王としての責任と女性としての自分、また女性像があり、対立する勢力の男性陣(有力豪族や諸王子たち)との違いもあるだろう。そのために宮人としてイレギュラーな存在としての忍裳のキャラクターが際立つか。
忍裳のキャラクターは最終的に律令制度が確立することで起こる世界の変化として描かれる。
身分差、性差の他にも、当時が大化の改新、白村江の戦い、壬申の乱を経て豪族連合国家から中央集権国家へと向かっていく時間の流れも存在し、様々な流れや視点が交差することで立体的なお話しとなっている。
読み方が難しい
前回の「シナン」でもそう思ったのだけれど。
普段聞き慣れない名前、固有名詞っていうのはなかなか頭に入ってこないもので。
大王は「おおきみ」であって「大王」ではないし(これくらいは知ってたが)、阿古志連廣手なんてのも漢字だけから読むのは難しい。
持統天皇は知っているけど讚良と言われるとピンとこず、なかなかすんなり話に入っていけなかった。
この辺りが頭の中にすんなり入ってくるようになってからは、物語の世界の中に入り込むことができた。
やっぱり名前とか言葉っていうのも世界観を作る大事な要素ですね。
もう一回頭から読みなおそうかなぁ。違った読み方になる気がする。
「シナン」の記事はこちら
ある天才建築家の物語【シナン】
律令がもたらすもの
律令が発布され何が変わるのか。
歴史の教科書で大宝律令というものが発布され律令国家となるということは知識として知っているが、それが何なのかということはいまいちわかっていなかった。
豪族連合国家から中央集権国家へ
豪族連合国家の盟主としての大王のあり方から、天皇(←大君)を頂点とする中央集権国家へ。
統治として、各地域はその土地を治める豪族の元に支配権があったが、律令によって全ては天皇の元にあるものとなった。
また、連合内での力の上下はあれどある意味対等であった諸豪族と大王の関係性は、天皇を頂点とした天皇の家臣へと変化する。
このことと現実的な利権との関係が、讚良と対立する勢力の心情であり対立の理由となっている。
身分制度の確立
律令は中国(隋唐)あたりに発達したものの輸入であり、それを日本のかたちに合わせたものとなる。
おそらくもともと輸入された律令は儒教的性格を多分にもったものだったろう。
科挙の制度が発達した隋唐あたりの時代の通り、大宝律令によって上記の通り天皇の家臣となった人臣のうち役所勤めのものは官僚ということとなる。
ここから現代まで続く官僚国家がスタートしたと言えるのかもしれない。
また、官僚としての規定の外にいるものは官僚ではないという線引きがなされる。
律令という成文法が規定するものは、一つのはっきりとした線である。
それまでは女性の宮人も多くいたという宮中も律令の儒教的性格もあり男性が政治の中心になることを方向付けていくことになる。
国号や元号
国号や元号の制度が改められ、倭という蔑称から国号を自分たちで決めた「日本」へ変更する。
律令によって東の小帝国として自立し、半島や大陸に対して対等であろうとする気概と、実際のところはおそらくさほど世界的な規模では衝撃を与えなかっただろうこの国号の規定が、日本人のアイデンティティにとってどれほど大きい効果があったか。
また元号制度の確定など、国家としての体裁を大きく整えていくこととなるものであったようだ。
大王として
では中央集権国家として、その頂点にたつ天皇はどのように変化するのか。
この律令は天皇という規定によって天皇という立場を規定の中に収めるものであり、つまり律令によって大王のもつ権力や威光は制限されるものとなる。
天皇の個人の想いではなく、優先されるべきは天皇という規定された形であることになる。
讚良は自分の目指す律令によって自分のもつものが制限される、そしてはそれは彼女の子孫たちに対し延々と効力を発揮するものであるという認識を持った上で、それでも改革を推し進める。その信念の強さが本書の背骨にあるものだろう。
世界初の成文法
この律令は隋や唐からの輸入された制度だ。
ちなみに律令より遥か昔、世界初の成文法を作ったのも中国であると言われている。
春秋時代の鄭の子産によるものだ。
子産も制定にあたっては、諸国の知識人たちに猛烈な反対にあったという。
しかし春秋時代っていうのは、すごい昔だよなぁ。この本の飛鳥時代の千年以上前のことだもの。
その頃から国家としての文化や形式をもっていたことに、やっぱり驚きを感じてしまう。
子産については宮城谷昌光さんがお書きになっているのでこちらも合わせて読むとおもしろいかもしれない。
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